今から小説家になるのは遅い?いえいえ、そんな事はありません。これからの時代、ケータイ小説の作家さんはどんどん増えてくるでしょう。

8月 21 2015

かばんの中身チェック

時々テレビで、「芸能人のかばんの中身チェック!」などというような番組を見ることがあります。好きな芸能人ではなかったとしても、テレビに映るような煌びやかな世界の人のかばんの中身、気になりますよね。
案外自分ってミーハーなんだなと思いながら、興味深々で画面に見入ってしまいます。その時かばんの中身を見せてくれた方は、若い俳優さんだったのですが、お財布や携帯、整髪料などと一緒に、綺麗にカバー掛けされた文庫本が出てきたのです。
こんなに忙しいはずの人が小説を読むんだと思うとなんだか親近感が沸きましたし、その小説は私も読んだことのある作品で、知人におススメして周るほど大好きな作品でしたので、なんだか言いようもない満足感を感じてしまいました。
こう言っては大げさかもしれませんが、本が好きな人に悪い人はいないとさえ思ってしまいます。以前は「読書が好き=暗い人」といったイメージがついてしまっていた時期もあったと思います。ですが、今は堂々と人前で本を広げている若い人(しかもなんだかちょっとイケメン)の姿を見かけることが増えたような気がします。いつもかばんに文庫本を忍ばせているといったスタイル、意外とおしゃれだとは思いませんか?

8月 06 2015

読書が趣味ではなくても本を読む人

私にとって、長いあいだ読書とは趣味の一つでした。本を読むことがとにかく好きですし、特に好んで読むジャンルも決まっています。同じ趣味の人と話すことは楽しいですし、週に2回以上は本屋さんへ足を運ぶのではないでしょうか。
しかし、大人になるにつれ趣味ではなく必要に迫られて本を読んでいるという人を見かけるようになりました。
ひとつは、学校で読書の時間が決められているとか、宿題で読書感想文を書かなければならないというときです。国語の授業があるのですから、得意不得意は考慮されません。確かに、どの生徒も平等に取り組んでいました。
そして、大人になってから必要に迫られてジョンと手に取る場合です。知らなかった知識を得るためであるとか、悩みが出てきて解決策を求める場合があります。久しぶりに会った友人が、まったく本など読むイメージではなかったのに「最近こういうのを読んだんだ」と言われると驚く、ということが多くなってきたように思います。大人になるにつれ、気軽には人に聞きにくくなったということでしょうか。
きっかけはどうあれ、自分で調べたり答えを求めたりする習慣が付けば、この先にもまた色々なことがあっても一人で乗り越えることができるのかな、と思います。

7月 22 2015

カフェでの読書は充実した時間?

本が好きな人々の仲間は、カフェで読む心地よさを知っている人が多い気がします。
カフェはくつろぐ場所ですが、なぜか読書も勉強のような堅苦しいものではなく、ここでは充実した時間となるのです。ソファーやイス、おいしい飲み物などは、自宅で用意できないものでもありません。紅茶やコーヒーであれば、自分でもそれなりのものを淹れることができます。そして、静かな空間。自室であればリラックスすることができますし、家族のいない時間帯を狙えば、同じような環境を整えることもできます。
けれども、カフェで居合わせた他のお客さんの気配や、お洒落にインテリアが配置された内装などは自分で工夫するにも限界があります。
読書は、ある程度静かな空間で本の世界に没頭することができれば成立するものです。けれども、特に女子の中ではそんな雰囲気を気に入ってカフェに入り、読書をする生き物なのです。
素敵な空間で読んだ物語は、特別印象に残りやすくもありますし、どういうわけかすんなりとページが捲られるような気持ちになります。
毎日通うというわけにはいきませんが、日常のほんの少しの時間でも、こうしたひとときを取ることができるように、意識していきたいものです。

7月 07 2015

年齢と挑戦

歳を重ねると、「こんな歳だから○○なんか出来ない」「もう若くないんだから」などと言って何かを始めることを諦めてしまいがちです。実際、若い頃と比べると体力、筋力は低下してしまいましたし、疲労の蓄積、回復のスピードなどを見ても、ついつい「歳をとったなぁ」と実感してしまいます。
しかし、年齢を重ねてきたからこそ分かること、出来ることがありますし、学びや挑戦に年齢制限はないと私は思っています。例えば、まだ若かった頃には手が伸びなかったような本を読んでみるのもいいでしょう。今だから感じること、理解できることというものがあるかもしれません。
何か新しい趣味を始めたり、資格取得を目指すのもいいと思います。手に職を、とはよく言いますが、何かに向かってひたむきに取り組むことで自分を客観的に見たり、気付かなかった苦手意識、得意分野を発見するきっかけにもなるのではないでしょうか。
やはり、年齢を理由にして諦めるということはとてももったいないと思うのです。自分の中にある可能性に気付いた時、その時たとえ何歳であったとしても人は輝けると思いたいし、そういう想いでいつもアンテナをピンと伸ばしていたいなぁと感じます。常に心は若々しく保っていたいものですね。

6月 23 2015

私にとっての本を読むということ

幼い頃の私は引っ込み思案なところがあり、初めて会うお友だちとうまくお喋りが出来ずに苦労したことがあります。いつも一番仲良くしていたお友だちが他の子と遊んでいたりすると、一緒に加わることが出来ずに、なんとなく淋しいような羨ましいような、子供ながらに複雑な感情を抱いた記憶があります。
そんな性格も影響したのか、その頃からよく本を読んだり絵を描いたりしていました。おかげで、少しずつひとりの時間の使い方を覚えていったような気がします。本を読んでいると時間があっという間に過ぎていき、その間はすっかり本の世界の住人になることが出来、読み終えると自分が違う人になったかのような気持ちになれました。今の私が人見知りすることなく誰とでも交流出来るようになったのは、単に年齢を重ねて図太くなったからというだけではなく、色々な経験を重ねてきたおかげだと思いますし、その経験のひとつに「読書に打ち込んだこと」も含まれているような気がしています。
本に親しんできたことは、私の想像力、創造力を刺激して可能性を拡げてくれたと思っています。たくさんの本に触れること、そしてその中でたくさんのことを考えることの重要性を改めて感じているところです。

6月 08 2015

出掛けたくなる季節

天気が良かったりポカポカ陽気だったりすると、なんだか胸が弾むようなウキウキ、ワクワクとした気分になりますね。私は新緑の緑ヶ丘目に鮮やかな季節や、山々が色付く頃が特に好きで、その時期になると無性に電車に乗ってどこかに出掛けたり、あてもない小旅行をしたくなってしまいます。寝台列車なんかも憧れますね。
こういったシチュエーションに憧れるのは、多分今まで読んだことがある小説や、観たことがある映画の影響なのかもしれません。特に意図してそういった内容のものを選んでいるという訳ではないのですが、なんとなく印象に深く残ることが多いのです。
実際、時々一人で遠方まで出掛けることはありますが、小心者の為になかなか余裕がないというのが正直なところですので、やはり相棒がいてくれることで旅は2倍にも3倍にも楽しくなりますね。価値観が似たような相棒と一緒に行くと、旅先で気疲れすることもありません。相手選びも、行く先選びと同じくらい重要だと言えるのではないでしょうか。
また、思い出は心にしまうだけでなく、しっかり記録に残しておくことも大切です。写真にビデオに残しておくことで、後で振り返る楽しみも出来るのですから。ロマンチックな旅、映画のようなワンシーンが待っているかもしれないと思うと、それだけでもう出掛けてしまいそうになります。

5月 24 2015

プレゼントの思い出

誰かにプレゼントをもらうということは、いくつになっても思いがけなく嬉しいものです。品物そのものも勿論嬉しいですが、なんと言っても、自分の事を考えながらあれこれ選んでくれたり、様々な工夫をしてくれたというその行為自体が心に響くのではないでしょうか。
高価なものではなくとも、例えば自分が好きな作家さんの小説一冊にリボンを掛けて貰ったとしても、おそらくその行為にまず感動すると思うのです。自分の好きな作家さんを覚えてくれていて、なおかつそこにリボンをあしらってくれるなんて。実はこの方式のプレゼント、小さい頃祖父母が私によくやってくれていた事なのです。高価なバッグや時計を貰っても、きっと勿論嬉しいでしょう。ですが、自分を大事に思ってくれているんだということが素直に伝わってくるようなプレゼントは、きっとその時の感動や驚きが記憶となってずっと心に残っていくのではないでしょうか。
誕生日やクリスマス、何かのお祝い事などなど、プレゼントを貰う機会も贈る機会も、今後何度となくあるでしょう。その時のワクワクした気持ちや相手の表情、言葉など、この先もずっと大切な暖かい思い出として残していけたらいいなぁと思うのです。思い出はプライスレスと言いますからね。

5月 09 2015

漫画で感動

先日、友人から漫画を借りました。きっかけは、レンタルショップから借りてきたアニメを観たことです。あまり頭を使わずに観れるという点で、なんとなく時々アニメを借りることがあるのですが、この時借りてきたアニメが思った以上に面白く、ちょっとほっこり心に染みるような内容だったのです。その事を友人に話したら、偶然原作の本を持っているというではありませんか。思わずその日のうちに数冊貸してもらうことになったという訳です。
さっそく読んだのですが、なんとなんと、不覚にもウルッと私の目元に湿り気が。まさか漫画で感動するとは思っていませんでしたので、衝撃が走りました。内容はと言いますと、人間の子と人ではない妖怪のようなものたちとの関わりを描いたものなのですが、要所要所でずっしり心に響くものがあるのです。一冊の単行本の中で何度となく涙を誘われ、その度に堪える私なのでした。
調べてみると、小説版もあるというではありませんか。興味津々です。さっそく探して購入してみたい気分でウズウズしてしまいます。漫画で感動してしまうなんて、しかも涙を堪えなければならないほど心をユサユサ揺らされるなんて。これは是非とも、早く小説版も読まなければなりませんね。

4月 23 2015

大人のための自由時間

大人になるとありのままの自分でいることは難しく、頑張らないという選択がなかなか出来なくなってしまいます。ひとつひとつに対する責任の重さは増えていきますし、反比例するように自分の為の自由な時間というものは少なくなっていってしまいます。これは仕方のないことだと言ってしまえばそうなのかもしれませんが、そういう大人だからこそ、時間の使い方は上手にしていって欲しいと思うのです。
例えば、私の友人のひとりは中学生の頃お菓子作りが得意で、休みの日や学校から早く帰った時などにはよくお菓子を作っていたのだそうですが、社会人になってからはほとんどお菓子を作らなくなってしまったのだそうです。そういう時間もないし、心に余裕もないのだとか。
私も昔から本を読むことが大好きだったのですが、やはり社会人になってからは読書量が少なくなってきているように思います。ある仕事に就いていたときは、本なんかほとんど読まないような状態でした。疲労と、なんとも言えない切迫感のようなものにいつも追われ、優雅に読書という気分になれないような暗黒時代もあったものです。
ですが、やはりそういう時だからこそ、純粋に自分に充てる時間というものがとても大事になってくるのではないでしょうか。大人だって楽しむべきなのです。そんな風に思う今日この頃なのでした。

4月 08 2015

読めない文庫本

私はいつも出掛ける際、読む読まないに関わらず、必ず鞄の中に文庫本を入れています。いつからこういう習慣が身に付いたのかはよく分かりませんが、もう随分このスタイルは変わっていません。無くても困るという訳ではありませんが、なんとなくいつも持ち歩いています。
ですが、実際出掛けた先でこの文庫本を開くかと聞かれると実はそうでもなく、例えば美容室や歯医者さんなどの待ち合い時間には、そこに準備されてある雑誌をパラパラめくって過ごす方が多いのです。
何故かということを少し考えてみたのですが、どうやら私の場合、「読んでいる本の表紙を見られるのが恥ずかしい」という理由からのような気がします。向かいに座った誰かが本を読んでいたとしたら、無意識にその本のタイトルを探ろうとしてしまうのではないでしょうか。少なくとも、本大好き人間の私はそうです。
なら、ブックカバーを使えばいいのかもしれませんが、私のこだわりとしてブックカバーは使用しないようにしているので、そうなるとコソコソオドオドしながら読むか、読むことを諦めるという選択をしてしまうという訳です。それでも必ず文庫本を持ち歩いてしまうというところに、若干の矛盾を感じないでもないのですが。
つまるところ、読書はやっぱりリラックス出来る空間でするのが一番だということですね。

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